東海道・山陽新幹線は、延伸を繰り返し現在はその先の九州新幹線鹿児島中央駅まで一つの線路で結ばれるようになりましたが、その昔東京から新大阪までの時代や、岡山までの時代には、寝台特急列車に乗り継ぎ九州方面へと向かっていました。
当時の寝台列車もかなりの本数が出ており、20系、24系、14系といった客車寝台のみならず、寝台電車の581系や583系といった車両も多く投入されました。
しかし、新幹線の延伸で寝台列車の減少で余剰となった581系や583系は改造のうえ普通列車用の車両へと転身することとなり、改造された車両たちは東北や北陸、九州で活躍することとなりました。
そんな中、長崎本線や佐世保線を気動車列車から電車化を推進するためにまだ国鉄時代の1984年2月のダイヤ改正から715系4両編成12本(合計48両)が投入されました。
特急列車が多く走ものの単線区間もある長崎本線や佐世保線では、気動車列車のみでは、ダイヤ上での速達性や輸送力確保が難しい点もあり、電車化は急務であったが、当時の国鉄の財政難による事情により改造車が主力となりました。
南福岡電車にに所属し、入出区の関係で鹿児島本線の普通列車に充当されることもありましたが、長崎本線や佐世保線の運用がメインとなり長年活躍しました。
また、夏休みや年末年始などの超繁忙期には、当時の特急列車だけでは車両数や輸送力が足りず、寝台電車時代のボックスシートも残す715系が臨時急行ふるさとライナー号として、特急列車の救済をする場面もありました。
しかし、2扉の車両ではラッシュ時輸送には遅れや降車できないなどの状態が発生し、その後JR九州となって新型車両の開発や他線区からの転属によって715系の役目は次第に減っていき1998年に役目を終えることとなりました。
個人的には、この列車で佐世保線の旅を何度か楽しみましたが、そういった時代背景を考えつつ、乗ってみると実に味わいのある電車でした。
廃車後はほとんどが解体されたものの、クハ715-1が小倉工場で保管され、その後種車であるクハネ581-8に改番され、現在でも九州鉄道記念館に保存されています。
あかいくつ
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